螺鈿でつくる祈りのかたち。
子供の手のひらに収まるくらい小さなほとけさま。山口さんは小さなものがお好きなのです。
円空仏が好きで、螺鈿が好きで、ならば、と螺鈿でほとけさまを作りはじめたという。
漆工、螺鈿というとても地味で手間のかかる作業(おまけに材料も高い)。それでも作り続けるのは、想いと願いがまっすぐに強いからでしょう。
山口さんの拵えるほとけさまは、どれも、かわいい。とってもちいさい。単純な線でデフォルメされたかたちと顔。
しかし不思議とゆるくはない。
なぜか。それは、線のまったくの確かさであり、かわいさがそのまま尊さと結びついているからです。
愛らしいものを作り上げるという行為のうちに、切実な祈りがこめられていると感じます。自身の根っこの部分で、自分が生きていくうえで必要不可欠な存在として、そのかわいさが、ものとして具現化されている。だからこそ、愛らしさ、可愛さのなかに芯のある重みがある。そして〈可愛さ・即・尊さ〉を担保するものとして、単純だけれども揺るぎない削ぎ落とされた線の存在がある。
これだけ単純化された線のうちに、これだけの表情や情感、情景、匂い、空気感、それらが鮮明に息づいている。つまりゆるくないのは当然で、むしろこの線は、これ以上足しても引いても全体が崩れてしまうような、緊張感のあるバランスの上に成立している。
こうした線の研ぎ澄ましはしかし、線の巧みさから生み出されるモチーフの可愛さ、表情の可愛さによって、見るものに不要な緊張感などは与えない。実に心地よいリズムが形成されている。大きく派手に壁に掛ける絵画ではなく、ごく小さなスペースがあれば飾れてしまう美術品として、強度を持っている。
なにか一心不乱に、鬼気迫る形相の仏を彫る。それもまた一つの切実な祈りではありましょうが、この、何気ない掌篇の美における、確かな、やさしい祈りの形にも、同等の気魄が満ちていることは見過ごし得ないでしょう。
国家護持の仏でなく、野辺の仏。
民草のささやかな願いを受け止める仏。
わたしたちの暮らしを静かに見守る仏。このかわいさそのものがまさにご利益であるかのように。
山口千絵
1988年奈良県生まれ。
2011年京都精華大学プロダクトデザイン学科卒業
京都の家具製作所にて木工の修行の後、漆教室に通いながら螺鈿の制作を始める。